『カンボジアこどもの家』活動地ポイペットでの一週間...。
■ 事件
三日前、タイとカンボジアの国境の橋の上で衰弱している十歳の男の子を病院に担ぎ込みました。
極度の栄養失調で骨と皮だけになり、起きあがることも出来ません。それでも物乞いをしています。
見るに見かねて病院に連れて行き、一週間ビタミンと栄養剤の点滴を繰り返し、
何とか起きあがれるまでに体力が回復しましたが....。
喜んでいたのも束の間、元気になった子供をおばさんが連れ出し再び橋の上で物乞いをさせています。
「ガリガリに痩せ、今にも死にそうな状態の方が多くの人々の同情をかいお金がはいるようです。」
おばさんの話では、物乞いをさせている子供は親戚の孤児で生後七ヶ月の時から面倒をみているようです。
このおばさんには同い年の子供が三人いますが、いずれも血色が良く健康です。
孤児の子ひとりが一人働かされています。
「この子の稼ぎは普通の大人の稼ぎの三日〜五日分です。」
でも...命と引き換えの物乞いです...。
病院の医者は直ぐ手当をしなければ命が無いと言っていたのに...。
この子を引き取る為にポイペットの事務所から車を呼んでいる間、通り過ぎる人々を見ていますと多くの外国人が
この子の懐を通り過ぎます。でも、だれも目を停める人はいません。路懐の石を見るように無感動に通り過ぎる人や、
汚いものでも見るように眉を寄せて通り過ぎる人もいます。
一人の子の命が失われようとしているのに誰も無関心です。
この子のコップの中にお金を投げ込むのはその日のお金にも困っているカンボジアの人々だけです。
でも、この子を何とか助けられるようにがんばります。そのために一日余分に仕事をするようになっても、
睡眠時間が減っても助けることができれば....。
■事件2
衰弱しきった物乞いの子供を病院に見舞っている時、となりのベットに入院してきたベトナム人の女の子13歳、
簡易宿の従業員から連絡があり病院に担ぎ込まれてきました。簡易宿に泊まった日から3日間意識が無いとの事です。
この子は、病院関係者の手当によってようやく気を取り戻しましたが、泣いてばかりいます。
事情を聞いてみると大変な目にあっていたことが判明しました。
「簡易宿に泊まった後、眠くなるうつらうつらしていると鍵をかけたはずのドアが開いており、知らない男の人が
部屋に入っていました。そして再び記憶がなくなっていき、気を取り戻した時には別の男の人がいました。」
薬を飲まされて数人の男にレイプされていたようです。
彼女はお母さんと一緒にタケオから出稼ぎに来て、ポイペットで服の行商をして歩いていたようです。
事件の時(3日間)お母さんはどこにいたんだろうか?簡易宿もグルでは?との疑問が膨らんできました。
でも、病院はお金のない人を見る余裕はない、病院の人から直ぐ出ていくように言われている。
そんな状況に立ち会い、泣き続けている子に何とか元気になってもらいたいと願い、病院と母親の了解を得て
『ポイペットこどもの家』に連れていきました。でも、ご飯を食べようとせず泣き続けています。
もう三日間も何も食べていないのに...。
女の子は何をしたいのか?どうすれば良いのか聞いてみると....。
「タケオの家に帰りたい!」と、だけ繰り返す。母親に聞いてみると帰りたいが帰るお金が無い、との事。
何とか元気になるまでここに居るように伝えたが泣き続けている。
「ここに居て元気になれば学校も行けるし、食事の心配も無く、住む家もある。
お母さんがここの手伝いをして働けば収入もありお金の心配もない」
と、伝え説得するが聞く耳をもっていない。
仕方なく二人分の旅費を提供し、何かあれば連絡するようにと、私の名刺を渡し長距離バス乗り場まで送っていった。
ポイペットからタケオまでは600キロ近くあり一日では着かない。この子はこれからどんな道を歩むのだろうか、
心配になるがどうしようも無い。娼婦にだけはしたくないが...と、願いつつ送り出す。
その後、私はプノンペンに用事で出ることになりプノンペンの事務所に着くと待ち合わせたように電話が鳴った。
少女の母親からだった。相談したいことがあるのでお会いしたいとの事だった。
もしかしたら、ベトナム人の少女は元気になり学校に行きたいと思っているのではないか?それなら嬉しいか?
娼婦にならなくて済むかもしれない!と願い、母親と少女に会ったが...。
母親は「実は、私たちばベトナムから来ている。この子がベトナムに帰りたいと言うのでベトナムに帰してあげたい。
ついてはベトナムまでの費用を貸してくれないか?」との事。
この時、ハッキリと確信しました。
少女は事件にあったのではなく母親に売られたのだ!と。
これは、ポイペットでのたった一週間の事件です。カンボジアに住む、直ぐ私の身近で起きた事件です。
この二つの事件は共に被害者はこどもで、加害者はこどもの一番身近な人です。
私が必死に二人の救済を願っても、近親者の反対にあってはどうすることもできません。
貧しさと教育の低さは無抵抗なこどもを犠牲にします。
こどもの人権と生活を守るために識字率を高め、誰もが基礎教育を受けられるようにしていきたいと願い
『寺後屋』活動を続けています。
でも、寺子屋に来れる子供は売られていかない子供たちです。寺子屋にも来れない子供たちが売られていきます。
『カンボジアこどもの家』では現在15村15校の寺子屋4000人を越える子供達が勉強に来ています。
ひとりでも多くのこどもを守りたいと願い始めました活動ですが無力さを痛感しています。
これからも一人でも多くのこどもたちに教育が受けられるようがんばっていきたいと願っています。
支援について・・・
お金持ちが貧しい人々を支援することは難しいことです。
貧しい人々の中から立ち上がる人々を支援するのがベストのように思います。
お金・知識・能力をたくさん持っている人々はいつのまにかおごり人々を見下してしまいます。
お金のある人々は貧しい人々を汚いものを見るようにさげすみます。
知識のある人々は知識の無い人々を見下げ、馬鹿にします。
能力の低いと思える人々の話に耳を傾けず、彼らの活動を認めようとはしません。
私たち支援をする人は心して、おごらないように、威張らないように、人々に仕えていかなければなりません。
今、彼らと一緒に座り、彼らの荷物をともに持ち、彼らの苦しみに心を痛め、一緒に喜べる人が必要です。
教える人でも、指導する人でもありません。まして、馬鹿にしたり叱りつけたりする人は来てほしくありません。
へりくだることは難しいことです。まして貧しい人々や知識の無い人々の前で、自分より低いと思える人々の前で、
へりくだることはもっと難しいことです。
知識や物、お金の豊かな人が貧しい人達と一緒に居るだけで、貧しい人々の自尊心を傷つけています。威張らないように、高飛車に言わないように一生懸命心がけて、はじめて活動の支援を得られます。
貧しい人々の問題を安易にお金で解決してはいけない。お金で解決すれば彼らは自分たちで解決できない方法だから。
最高に良いと思えます方法は「友」となることです。相手の人を尊敬してはじめてできる人間関係です。
2003年1月29日「カンボジアこどもの家」栗本 英世